とは言え、いつものことながら、すぐに飽きてしまう。
ということで、震災後、久しぶりに実家に連絡をしてみる。怪我などが無いことは既に確認していたので、その点は安心。
私は、生まれは茨城県の日立市で、育ったのが茨城県の神栖市というところ(私がいた頃は町だったけど)。大学に進学してからは、数えるほどしか帰っていないが、偶然、今月の4〜6日に帰省していた。一週間ずれていたら地震に直撃したいた。
テレビでは、岩手と宮城、あと、福島の原発しか報道されていないが、実は、こっちの方もかなりの被害を受けているので書いておく。
実家は大きな破損はなかったようだが、道路は地割れがヒドいみたい。全体的に家が歪んで見えるので、変な気分になるって、、、。このブログで少し見ることができる。ちなみに、香取市佐原という名前が出てくるが、ここにある高校に通っていた。
地震後、3日ほど停電になったが現在では復旧したそうだ。ただ、浄水場が壊れたようで、水道は復旧のメドがついていないとのこと。給水車で配給されているようだ。やはり、ガソリンは不足しているみたいで、長蛇の列とか。「ガソリン待ち行列者向け食べ物販売業」が成り立っているとか。
小学校は震災後から休講で、そのまま、今月末まで休みとのこと。
停電でテレビが使えなくなり、情報が得られなくなったのが不安だったようで。テレビとかネットの励ましの言葉とかは、現地の人にはあまり通じないのかも。
鹿島臨海工業地帯の町なので、海岸には埋め立て地が多く、当然、工場も多い。地盤沈下もあったりと、会社関係の復旧はこれからといった感じらしい。
そして、予想以上に深刻で驚いたのが、姉が千葉県旭市というとこに住んでいるのだが、全く報道されていないが、市のHPを見たら、地震と津波で300件以上の住宅が全壊だとか。姉の家もかなり沈んだそうだ(周辺が浮いた?)。
命の保証ができたら、次は、復興に向かうことになるけど。現実的なお金の問題をどうやってフォローするか、これが大きな問題になるか。保険の払い戻しは1兆円を超えるとか。困難な状況につけ込む詐欺がいるので、お年寄りなどが一人で判断しないように、地域で監視する必要があるだろう。
緊急を要する物資はそこそこ集まっていると聞く。これからは地道で気の長いフォローが大事になっていくと思う。震災直後、福岡の献血センターは数時間待ちだったそうだけど、血小板は採血後、4日間しかもたないので、(もし不足しているならば)気長に献血することが大事になる。
復興しているうちに経済が止まっても良いことはないので、被害の無い地域では、電気とか物資とかで迷惑をかけないように、普通の生活を送るのも大事になってくる時期かと思う。九州は12日に新幹線が開通して、観光業が盛り上がることを期待してたけど、むしろ、落ち込んでいるそうだ。完全に忘れられているけど、