2011年5月21日土曜日

逆転の発想

最高気温、、、30℃だとか。

別の本を探していたが見つからず、たまたま買ってしまった本。


ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)

哲学書ではない。著者は東京理科大学の教授で、細胞死の観点から新薬作りに挑戦している。生態学とは全く関係ないが、面白かった。

テーマはアポトーシス。アポトーシスという言葉自体は聞いたことがあり、細胞が自ら死んでいくこと、という程度の知識はあった。

新書なので、簡単に書かれているが、私にとってはとても勉強になった。例えば、人の手はもともと塊状なんだけど、そこから割れ目ができるように細胞が自ら死ぬことで、指が形成されるのだとか。つまり、生き物の形がきちんと出来上がるには、きちんと細胞が死んでくれないとダメ、ということ。

さて、このアポトーシスがナゼ、病気と関係があるのかと言うと、例えば、ガンは死ぬべき細胞が死なずに増殖を続ける現象なので、自ら死ぬスイッチを上手く入れられば治せるのでは、ということらしい。逆に、アルツハイマーは、死なないハズの神経細胞が死んでしまうので、今度は、死ぬスイッチを止めてしまおう、と。

この手の本は、研究者の生き様が書かれているのが面白いのだが、著者は、アポトーシスの研究を始めたころ、「死の研究をしてもしょうがない」と言われたそうだ。それに関連して、興味深い記述がある。サタールという人が1985年の論文に書いた文章で「宇宙人が来て生物学の教科書を読んだとしたら、彼らは「地球上の生物は死ぬことがない」と信じるに違いない」と、当時の生物学を皮肉ったそうだ。確かに、生物学で、どうして・ナゼ生き物は死ぬのか、ということは勉強しない。このあたりは検討する価値がありそう。

進化学の観点から死を扱うと、実は、なかなか面白い。そもそも、原始的な生物は分裂で増え続けるので、個体の死というのがない。それがある時、生物は、個体としての死を受けれいれてしまう。ナゼ?その原因は、性を受け入れたから。性とは、個体間の遺伝子を入れ替え、新しいタイプの遺伝子を作り出すためのもの。昔の遺伝子タイプや壊れた遺伝子を持つ個体が死なずに生き残り、遺伝子の交換に関わってしまうと、せっかく作り出された新しい遺伝子が古くなったり、壊れた遺伝子が混じってしまう可能性がある。そこで、生物は、個体の死を受けれ入れたのだろう。ちょうど、先週の授業で話した内容だった。多分、どこかで、この人の他の本を読んだんだと思う、、、。

Cubaris論文は、シノニムリストで大苦戦。広汎種を含んでいるので、報告が膨大にある、、、。でも、ここで記載論文が集められることに気づき。多少はやる気が出てきた。