2011年3月29日火曜日

こころ


ダンゴムシに心はあるのか (PHPサイエンス・ワールド新書)

著者から頂いた。著者には昨年、本学に来て頂き、この本の内容を講義して頂いた。ダンゴムシに心はあるのか、とても意欲的なタイトル。

まず、全体の印象から。

ダンゴムシ(もしくは、土壌動物)の本として、読むと少し困惑すると思う。著者の最大の目的は「心とは何か」を解明することで、その対象動物としてダンゴムシを選んだのである。ダンゴムシの詳しい生活については、ほとんど書かれていない。

本来の趣旨とずれてしまうが、この本を読んで、私が一番感動したのは、動物行動実験において、「普通ではない環境(本では、未知の状況)」で実験することの意義を見つけたこと。日高著「動物の行動(1982)」の序文に、「このような研究(行動研究のこと)、、、自然界での彼らの生活の中でどういう意味をもっているのかという問いかけと結びついていなければ、あまり生物学的なものとはならない」と書かれている。当然のように、私もこのように考えており、サルに鏡をみせたり、鳥にピカソを覚えさせる実験などは、発達した脳をもつ生き物を対象にした稀な実験と考えていた。

しかし、著者は、未知の状況、つまり、自然界ではありえない”であろう”状況をダンゴムシに経験させることで、様々な知見を発見し、発達した脳をもたない動物を対象とした特殊な条件下の実験の意義を示した(道具の使用や知能にも言及)。これは、動物の行動研究の幅を大きく広げた、と言っても過言ではない。

そして、何より面白いのは、第2章に描かれているアイデアに富んだ様々な実験系である。見た目の面白さに気が惹かれてしまうが、そこから得られるデータは示唆に富んでおり、著者の視点の鋭さに驚かされる。科学の本当の魅力は、正に、このアイデアを生み出すことだと思っている。ただ、これには「生みの苦しみ」が付いて回るので、学校現場などでは扱われることなく、”あのつまらない理科をつまらないまま”教えてしまうのだろう。

少なくとも理科の先生には、大学でこの魅力に触れて欲しい。

さて、本題の「心」の部分。私は普段、「心」について深く考えることはないので、この本を読むにあたって、心、、、感情?、と意識した程度だった。著者は明確に心を「余計な行動を抑制する隠れた活動部位」と定義する。そして、未知なる状況にさらされると、この抑制がはずれ、思いがけない行動が観察できる、というのが著者の研究方針である。

私としては、まだまだ議論の余地があると思っている。まず「心」と呼ぶ必要があるのか?例えば、先日紹介した長谷川著「動物の生存戦略」には、「周囲の情報から適切な情報を選び出し、あり得る行動の選択肢の中から適切なものを選ぶ」ことを意思決定と呼び、それには「脳内の何らかのアルゴリズム」が関わっている、としている。つまり、一つを選ぶ「アルゴリズム」と、一つ以外を抑制する「心」、となり、これらは表裏一体の関係にあると思う。

第1章に「隠れた行動」が「心」であるという定義の説明が書かれているのだが、少しモヤモヤしてしまう(ただし、読む前は、もっと悩むと思ったが、予想以上にすっきりしていた)。きっと、著者も一番悩んだのではないだろうか。非常に論理的な文章だと思うが、「気配を感じるから、何か見えないもの(心)がある」という論調は少し無理があると思う。実感としては分かるが、そもそも内にあるものをどうして感じることができるだろうか。その説明が必要だろう。この個所が少し推測が強すぎて、少し残念に思った。

議論すべき点が多く残っているからこそ、今後、さらに発展するのだろう。正に、表紙に書かれている「The important thing is not stop questioning(問いかけ続けることこそが重要だ)」だろう。

動物を研究するなら、一読する価値はあります。

そのうち、世界一受けたい授業とかに出るかな?

注:「筆者」を「著者」が混在して分かりにくかったので30日に全て「著者」に修正しました。