神戸でも調査をして福岡へ。そして、明日から沖縄へ。
会議の整理、書類とメール書き、学会の編集業務、明日からの沖縄調査の準備。予想通りにバタバタして出発。こういうときは、ほぼ確実に忘れ物をする。
電車の中で読んだ本。これも本屋で偶然見つけた。
タイトルを見て、きっと性選択の内容だろうと予想はついたが、その予想以上に面白かった。
動物たちの武器
まず、捕食や防衛に関する形態進化の話から始まる。このような進化でも特殊な形態は進化するのだが、あまりに特殊化しすぎると、今度は、それによる不利益が大きくなるので、このような進化では、ある一定の形態で収束する。
この考えは本書で重点が置かれている点の一つである。進化による性質の変化を考える場合には、常に、その変化による利益(ベネフィット)とそれによってともなう支出(コスト)を考慮する必要がある。
例えば、捕食は大きな牙などの武器を持っていた方が良いのだが、大き過ぎると動きが遅くなるという欠点がある。ネコ科のような動物がそこそこの大きさの牙しか持っていないのは、この理由のためである。
しかし、世界には、不恰好な武器を持っている動物がいる。例えば、疑似餌をぶら下げるチョウチンアンコウ、大型の鎌を持つカマキリなどである。このような動物は、獲物を追いかけずに待ち伏せする、という特徴がある。したがって、動き回ることによる欠点を無視できるため、武器は特殊化しやすいと考えらえる。
いずれにせよ、上記のような進化による形態の変化(進化)はソコソコ留まりである。
しかし、オス鹿やカブトムシのツノ、はサイズ比で見ると、上記の形態とは比較ならないほど巨大である。では、このような形態はどうして進化するのであろうか。
これら形態には共通の特徴があるのだが、それは、配偶者を巡り戦う際に用いられる武器であるという点である。
自然界では、仮に性比が1:1でも繁殖可能なメスは普通オスよりも少ないので、オスがメスを巡って戦う状況が生み出される。
その際、大きなツノを持っている個体が闘争に勝ち、遺伝子を残すならば、その集団では、大きなツノを持つ個体割合が増えることになる。
ここまでは、冒頭の進化と同じである。しかし、この2つの進化には大きな違いがある。
冒頭の進化では、周辺の環境に最も適した形態になれば形態変化は収束するのであるが、後者の場合は、周辺の個体が全て大きくなってもその中で最も大きな個体が有利になり、さらに大きくなる、、、と生理や発生などによる制限がかかるまで大きくなり続ける。
相手が強くなるから、自分も強くなる、これを軍拡競争と呼ぶ。
そして、この本の最大の目的でもあるのだが、この生物界で見られる軍拡競争がヒトの軍備(武器)の変化メカニズムと同じであることが丹念に説明されている。
なぜ、この2つは似るのか。理由は単純である。生物の進化は、多くの遺伝子を残す遺伝的性質が集団内で増えることなのだが、武器も、効果的な武器はみんな使い始めるので集団内に広まり、その後、少しずつ変異が加えられ、効果的な武器が出現するとみんなそれを真似て集団内に広まるのである。
つまり、効果的(役に立つ)な伝わる性質が集団内で広がる、のである。
私がとくに勉強になったのはこの点。軍拡競争が起こるには3つの条件があると筆者は述べる。
1つ目は、熾烈な戦い。自然界では普通、オスがメスを巡って熾烈な戦いを強いられる。
2つ目は(1つ目と関係すると私は思うのだが)、限られた資源を守ることで利益が得られる生態的状況が存在する。少し分かりにくいが、例えば、メスが特定の環境のみを利用するならばオスはそこを必死に守り戦う価値があるが、色々な環境を利用するメスであれば、オスは必死に戦う価値がなくなってしまうのである。
そして、筆者が、生物学者が見落としていると指摘するのが3つ目で、それは、1対1で戦う状況である。これはヒトで考えた方が分かりやすい。昔の騎士のように1対1で戦う場合には、武器や防具は大きほうが有利であるが、現在のように飛び道具が発達し、集団対集団で戦う場合には、個人レベルでは大きな武器はあまり意味がないのである。ただし、軍隊対軍隊と見ると、そこで軍拡競争は起こり得る(核爆弾とか)。
とても読みやすく、面白い本である。エッセイではあるが、きちんと学術論文も引用されており、学術的な勉強にもなるだろう。ただ、性選択について、全く知識がないまま読んだら、お話として終わってしまう気もする。
不思議な動物やヒトの武器の紹介、冷戦時代のソ連の話など、授業に使えそうなネタも豊富。
大学で生態学を勉強したヒトは、きっと楽しめる一冊、、、楽しめないのは、勉強不足かも。
もくじ
1.始めは小さい
2.軍拡競争の引き金
3.軍拡競争の産物
4.人間の武器