2023年10月16日月曜日

招かれた天敵

午前
・野外調査

午後
・学会業務
・会議
・修論論文化

2年間続けていた毎月の定期調査が終了。早くデータ整理して論文にしたが、頑張っても来年だな。

意図的導入された外来種が紹介されている本だと思い、授業のネタに良さそうなので購入してみた本。良い意味で裏切られた。
招かれた天敵―生物多様性が生んだ夢と罠
本を開くと、まるで小説のように1900年代初頭の研究者の活動が綴られている。その内容は、農業害虫に対する化学的防除と生物的防除である。

DDTが開発されると、その効果の大きさから世界中で使用されることとなったが、その後、様々な被害が確認されDDTの使用が禁止されるとともに、天敵を導入して害虫を駆除する生物的防除に注目が浴びることとなった。

そして、時代は「化学農薬反対!生物防除賛成!」となった。

その原動力には、化学農薬の被害と、生物的防除の輝かしい成功例があった。

本書の前半は生物的防除に関わった研究者らの挑戦の伝記である。今となっては良く知られていることだが、生物的防除のために持ち込まれた天敵生物が標的生物を減らさないだけでなく、在来の生物を絶滅に追いやった失敗例も紹介されている。

この時代、在来生態系への影響をほとんど検証せずに、海外から持ち込んだ生物をどんどん放っていた。研究者の中には、在来生態系への影響を危惧する者もいたが、農家からの突き上げによって(天敵生物を放たないと仕事をしていないと思われる)止めることができなかった。

放虫について慎重に研究していた研究所は成果が出ないとして予算が削られることもあった。そして、次から次に放たれた動物達が在来生態系に化学農薬以上に大きな被害を与えることになる。

ちなみに、化学農薬批判の代表作として挙げられる「沈黙の春」では、「化学農薬の使用を禁じるべき」とは述べておらず、実際には「使いすぎが良くない」と指摘している。

しかし、農薬メーカーと反農薬を訴える市民との戦いの過程で「化学農薬vs生物的防除」という単純な二項対立の図式が出来上がってしまったそうだ。現在の観点としては、化学的防除や生物的防除などあらゆる手段を用いて、環境負荷をできるだけ抑えながら対象となる生物のコントロールするべきだろう。これらは総合的病害虫管理と呼ばれている。

半分ぐらい読み終えたあたりで、本書は人は単純な方針に乗っかりやすく、盲目的にそれを信じると大きな失敗となることを示しているのだなと感じるようになった。面白い。その一方で、疑問も残った。

著者は有名な貝類の進化研究者である。なぜ、農業害虫の本を書いたのだろう、、、。

後半の舞台は小笠原諸島である。著者の研究フィールドで、著者は小笠原諸島において陸生貝類が適応放散して数多くの固有種が生息することを証明していた。

話は前半部の終わりと繋がるのだが、世界的にアフリカマイマイが導入され、それが大繁殖したため、後に天敵生物として肉食貝類のヤマヒタチオビ、そして、ニューギニアヤリガタリクウズムシが世界中に導入されることになる。

それは、小笠原も同じであった。結果、小笠原諸島にしか生息しない固有種の多くが野生絶滅することになった。

この本は単にその事実を記すことを目的とはしていない。著者は、過去の成功よりも失敗から学ぶことの重要性を強調しており、著者自身も参加した小笠原諸島における外来種防除の失敗例を述べることが本書の大きな目的だったのだ。

 失敗した理由として、「対象生物の知識不足」、「リスクの過小評価」、「最善を尽くさなかなった」ことを挙げている。

「対象生物の知識不足」では、ウズムシを正確に同定できる人が日本に一人しかおらず、基礎情報の不足から駆除方法の開発が難航したそうだ。

「リスクの過小評価」では、貝類の減少に気づいた研究者からの相談に対して、著者は影響を過小評価していた。それは、世界中で被害をもたらしたヤマヒタチオビが小笠原諸島では大きな被害を及ぼさなかったという経験が悪い方向に働いたようだ。

そして、「最善を尽くさなかなった」は、例えば、生物的防除は検討しなかったそうだ。そもそも生物的防除として持ち込まれた生物の駆除に生物を使うのは拒否反応がでるのは良く分かる。しかし、「あらゆる手段」を模索することの重要性を指摘する、、、当然のことだが難しい。

前半部における化学農薬と生物的防除における人々の思想の揺れ動きは、二項対立という単純な図式の危険を痛感した。決して対立はしておらず、ケースバイケースで使うという曖昧な判断は実は難しい。

その理由として、私は考えないといけないからだと思っている。「こうすれば良い」、そんな単純明快な行動指針を求めてしまうは良く分かる。

なぜ昆虫(しかも1900年代前半)とモヤモヤしながら読み進めた前半部を終え、著者が実際に関わった小笠原諸島の話になると、リアルタイムで種が絶滅していく怖さを感じた。

脊椎動物でさえ駆除が難しいがヒモムシが蔓延したことを想像すると絶望的になる。その状況で何ができるのか、それを生み出す力が必要だ。

小笠原諸島ではワラジムシ亜目も激減しているらしい。原因は不明なところも多い。貢献できるように頑張りたい。

400ページを超えるけど、超おすすめの一冊。

目次
第1章:救世主と悪魔
第2章:バックランド氏の夢
第3章:ワイルド・ガーデン
第4章:夢よふたたび
第5章:棘のある果実
第6章:サトウキビ畑で捕まえて
第7章:ワシントンの桜
第8章:自然のバランス
第9章:意図せざる結果
第10章:薔薇色の天敵
第11章:見えない天敵